1万人中、最後まで生き残ったのは僅か34人だった――
本作は、同名漫画のアニメ映画です。
そもそも原作は、太平洋戦争中の1944年にペリリュー島にて行われた、日本軍守備隊とアメリカ軍の陸上戦闘である【ペリリューの戦い】を参考したフィクション作品とのことです。
可愛らしいタッチでも、やってることはかなりエグイです。もう記事冒頭に書いてる情報を見ても分かりますが、大半の日本兵が亡くなった戦争を元にしていますので……。可愛く描いたからって許せんぞ。メイドインアビスかって感じです。
実際、レビューサイトとかを見ると「この絵柄だから逆にしんどかった」などの感想を見かけることもありました。
記事の本題の方に移る前に、私は原作未読なのですが、どうやら「この映画は、原作改変をしているらしい」です。wikiなどを読む限り、映画の方はちょっと救いのある展開になってるそうです(生き残った人数などは変わっていないでしょうが)。原作を読んでちょっと興味の出た方は、鑑賞されてみてはいかがでしょう。
この記事では、映画鑑賞前に知りたい「グロ」や「エロ」などがどれぐらいあるのか、「悲惨な描写がどれぐらいあるのか」など、ネタバレ無しでご紹介します。
この記事では、「動物の安否」や「グロテスクなシーンはないか」「性描写はないか」など、映画鑑賞前に知りたい映画に含まれるファクター(要素)のみを紹介します。ネタバレは一切含みませんのでご安心ください。
- 作品名
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ペリリュー 楽園のゲルニカ
- 公開年
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2025年
- 監督
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久慈悟郎
- 上映時間
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106分
あらすじ
太平洋戦争末期の昭和19年、21歳の日本兵・田丸均は、南国の美しい島・ペリリュー島にいた。漫画家志望の田丸はその才を買われ、亡くなった仲間の最期の雄姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という任務に就いていた。やがて米軍の猛攻が始まり、日本軍は追い詰められていく。いつ死ぬかわからない恐怖、飢えや渇き、伝染病にも襲われ、極限状態に追い込まれていく中で、田丸は正しいことが何なのかも分からないまま、仲間の死を時に嘘を交えて美談に仕立て上げていく。そんな田丸の支えとなったのは、同期でありながら頼れる上等兵・吉敷佳助の存在だった。2人は互いに励まし合い、苦悩を分かち合いながら絆を深めていくが……。
映画の気になるファクター6つ
☆=0 ★=1の評価です
| ファクター(要素) | 評価 | コメント |
|---|---|---|
| 動物の安否 | ☆☆☆☆☆ | 動物は無事です |
| 性描写の有無 | ☆☆☆☆☆ | まったくありません 台詞にちょっと下ネタがあるぐらい |
| 流血の有無 | ★★★☆☆ | 流血描写はかなりあります |
| グロテスクなシーン | ★★★★☆ | 身体が爆散する様子 生きたまま焼かれる様子 眼球が飛び出る など全部可愛らしい絵柄で描かれてます |
| 視聴対象層(子供★・大人向け☆) | ★☆☆☆☆ | PG12作品です 子供の視聴はオススメしません 「はだしのゲン」ほどショッキングではないですが 戦争の勉強としてはありかな…? |
| 予習の必要性(過去作・事前知識) | ☆☆☆☆☆ | 予習は必要ありません |

火炎放射器、地雷などを使ったシーンは可愛らしい絵柄ですがかなり悲惨です。
グロくは感じませんでしたが、ショッキングです。
管理人の感想・レビュー
2025年は終戦80年ということで、多数の戦争をテーマにした作品が映画化されました。
本作に関しても、戦争の悲惨さがよく分かる内容になっています。
ただ、映画として観た際、どうしても「106分」という時間で描くのは難しかったんじゃないかと私は思いました。
鑑賞後にWikiなどを見させてもらいましたが、映画ではかなり話を端折ってるように感じました。
戦闘シーンは開戦から3日程度で大半が終わります。(史実はもっと長期間に渡って展開してアメリカを苦戦させたそうな)
前線から生き残った兵士たちが、なんとか戦争を生き延びるというのがストーリーの大半です。
横井庄一さんをはじめ、今年劇場公開された「木の上の軍隊」など、終戦に気づかず戦地に潜む残留日本兵の物語と言えば分かりやすいですね。
こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれませんが、似たような作品は多数ありますし、映画として観るにはちょっと退屈なお話だなと思ってしまいました。
ちなみにどんなシーンでもこの絵柄のタッチは一切歪みません。なので、絵柄の好みによっても、鑑賞を検討する大事な材料になると思います。
さて、ここからは余談なのですが、原作のWikiを見ていると非常に興味深い項目がありました。
【生還者による協力と拒絶】と題する項目です。
本作品が生まれたきっかけは2015年の天皇皇后(現・上皇上皇后)によるペリリュー島への慰霊訪問である。天皇皇后は慰霊訪問に先立ち、2人の生還者を御所に招いて懇談した。招かれたのは土田喜代一(当時95歳)と永井敬司(同93歳)であった。2人はペリリュー守備隊が玉砕した1944年11月以降、2年半近くジャングルで生き延び、祖国に生還した。後に2人は本作品に対しそれぞれ対照的な態度を示す。
土田喜代一は本作品に協力的であった。元海軍上等水兵で福岡県在住の土田は、2017年に本作品の原画展が開催された際に熊本会場を訪れ、本作品著者の武田一義と対談した。武田に対し、ペリリュー島の記録が漫画として残ることはいいことだ、じっくり読んでいきたい、と激励した。武田は土田と会えたことに感激し、土田の明るい性格を登場人物に投影したいと述べた。2018年、武田は土田を福岡県の自宅に訪ねて話を聞いたり(5月)、ペリリュー島での2回目の現地取材を行ったり(6月または夏)して取材を進めた。取材の様子をNHKのカメラが追った。
土田と対照的に、永井敬司は本作品を拒絶した。元陸軍軍曹で茨城県在住の永井は、2017年の本作品の原画展に関する共同記者会見に出席し、ペリリュー島を後世に語り継ぐことへの思いを語っていた。しかし武田への協力を断った。武田が永井に言われたのは「漫画だろうと小説だろうと何でも、戦争に関する創作物は好きではない」「戦争を体験していないあなたがなぜ戦争を描けるのか。漫画というのは軽いと思う」ということだった。2018年7月下旬、武田への協力を断った事情について取材に訪れた新聞記者に対し、永井はペリリューの戦いの惨状を語って涙を浮かべ、「あそこで戦っていない人には分からない」、「ペリリューで亡くなった人を思うと、漫画は軽い。賛成しません」と言った。記者から本作品の単行本を差し出されても手に取らなかった。
かつて戦後ペリリュー島で帰順(投降)したときも土田と永井は対照的な行動をとっていた。土田は34名の生存者の中で一番初めに投降し、終戦を確認してから仲間に投降を呼びかけた。土田たちの説得に応じて仲間の多くが投降するなかで、最後まで投降に反対したのが永井(旧姓・館)だった。館軍曹は軍人精神の持ち主として自他ともに認められていた。帰国してからも自分たちが「手をあげて投降した」とか「捕虜になった」とか言われると激しい怒りを示した。
――ペリリュー 楽園のゲルニカ(Wikipedia)
私は永井さんの言っていることの方が分かります。
というか、私の中にある昔の日本兵のイメージがまんま永井さんのような人物でした。
私のような人間は、勉強の一環としてこうした史実を学ぼうとしても決して頭には入ってこないでしょうから、こうしてフィクションであっても、娯楽の一環として、知ることの機会を与えてくれたことを大変ありがたいなと思っています。